子のない人生・家族が終了する日 自分の葬式を考えてみたことありますか?

こんな本読みました

「私が死んだらお葬式はどうなるのだろうか?」とふと考えたのが約10年前。
父親よりも夫よりも長く生きる!と当然のごとく思っている!私にとって
「はて?私が死んだら後始末はどうなるの?」と素朴な疑問が。

「お母さんが死んだら棺桶にコレを入れてね」
「葬送の曲はアレがいいわ」
「遺影はこれに決めてあるからね」
などの会話は家族間でよくある話題。

自分の葬式は家族が行ってくれるものという確固たるものがあるんですよね。

酒井順子著「子のない人生」「家族終了」を読みました

かつて「負け犬の遠吠え」が大ヒットした酒井順子さんのエッセイを読みました。

彼女のエッセイは「そうそう、その通り」と共感する点がいっぱいでとても面白いです。

酒井さんは言います。

「負け犬の遠吠え」を出版したとき「結婚しているけど子供はいない女性は勝ち犬ですか、負け犬ですか?」とよく聞かれました。
その時は、結婚さえしていれば「勝ち犬」に決まっているじゃないの。
が、「結婚しているが子供はいない」という状況に、いかにその人たちが”負け感”を抱いてきたかということが。今考えるとわかりますと。

私は「負け犬の遠吠え」の中に”結婚していても子供がいないと負け犬です”という一文があったような記憶があり、ずっと負け犬と思って生きてきました。
(負け犬だから、どうのこうの、どうしたこうしたという事は別にありませんが)

ここで、子供のいない人生について色々述べるつもりはありません。
もう60歳なんだし、「どうでもいいのよそんなこと」

そして家族は終了するのです

酒井順子さんは30代の時にお父様を、40代の時にお母様を亡くされています。
そして最近お兄さんも他界され、家族だった人が全員いなくなり「家族終了」となったと書かれています。

自分が生まれ育った家族を「生育家族」、結婚などにより作った家族を「創設家族」というそうですが、生育家族のメンバーがすべて世を去ってしまったわけです。

この2冊の本は、
宗教の観点から、
政治の観点から、
文学の観点から、 など様々な方向から考察されていて大変おもしろいんですが、すべては「はじめに」と「おわりに」に凝縮されていると思いました。

「独居老人」「孤独死」は可哀そうで、不幸なことなのか?ということに疑問を投げかけてもいます。

一人暮らしであれば他者の視線を気にせず好きなように食べ、思い切りこぼすことができます。どれだけこぼしても一人なら「あらあら」と思われないわけで、こぼしながらゆっくり食事をしてから、好きなように片付ければいいのです。
また足が悪くなって家の中を這って移動するしかなくなくなった時(中略)、
一人暮らしであればスピードも格好も気にせず存分に這うことができる。
本人さえ苦にしなければ這うのもまた自由なのではないか。

一人で死ぬシステムが整い、一人で死ぬことが当たり前になることによって、死に方差別が減少すればいいなぁと、私は思います。

私も思い切り部屋の中を這い廻りたいわ!
段差がない家で良かった。

酒井さんは現在、男性と同居されているそうです!事実婚とかいうやつ。
このことについても少々触れています。
歳をとってからの事実婚て快適そうですよ。

子の無い人生 角川文庫 / 酒井順子 【文庫】

家族終了 [ 酒井 順子 ]


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